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2022.09.01 中嶋 健吉

予想外だった!

ジャクソンホールでのパウエル議長発言に対し、ほぼすべての関係者の反応は予想外だったというものです。 与えられた30分の講演時間枠を大幅に下回る8分40秒の時間軸に、無駄を排しインフレに対応するFRBの不退転の決意を示したのかもしれません。  特に1980年代に2度に渡る景気減速、その結果としての高失業率を招いたにも拘わらず、インフレ撲滅の高金利政策を続けた当時のFRB議長ボルカー氏の名前を出したことで、市場はくFRBの意思を一層強く感じた様です。 2018年のFRBの利上げ決定に対し、トランプ大統領が強い不満を表明した際にも、ボルカー氏がパウエル議長に「政府の批判は無視して良い」と助言したのは有名な話です。

ボルカー氏は1,979年~1987年にFRB議長の職にありました。 当時のアメリカの経済はカーター政権下の財政政策の失敗に加え1979年のイラン革命によ石油危機が重なり、成長なきインフレに蝕まれていました。 1980年のインフレ率は13.5%、1981年9月30日に10年債の利回りが15.8%の最高値を付ける状況です。  これに対するボルカー氏の金融政策は、「マネーの供給量を削減し、金利高からドル高を誘導し、インフレ率を低下させる」というものです。事実就任直後に公定歩合を過去最高の12%に引き上げています。  市中金利は一斉に上昇、景気は低迷し、失業率は2桁台になります。 しかし13%台のインフレも1982年には6%まで下落、それ以降も3~4%で安定します。


一方当時のレーガン政権の軍事費拡大は財政赤字を拡大させます。 更にドル高政策は輸出の減少と輸入の拡大に繋がり、貿易収支を悪化させ、所謂双子の赤字と創り上げ、1987年10月のブラックマンデーに繋がります。 しかし株式市場の反応はインフレの鎮静化と、レーガノミクスによる経済の活性化を評価しブラックマンデーまでの5年間3.5倍の上昇を続けます。

予想外の今回の強い発言も、金利引き上げに市場は当初ネガティブに反応しても、最終的にはインフレ鎮静化の経済の安定を評価するとのボルカー時代の経験則があったかもしれません。  ちなみにボルカー氏は後年、あそこまで大胆な引き締めを行ったことを後悔する反省の弁を述べています。 パウエル氏も知っている事実です。